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出生届を提出するために熊山役場に行った。こういう田舎の小さい役場の人はとても親切である。ほとんど間違えていた届けを一緒に丁寧に直してくれて、無事提出。荒尾未来、公式に日本国民として登録完了である。 ![]() # by kinokonikki | 2006-09-07 10:15
生後7日はお七夜と呼ばれていて、名前を公式に発表するらしい。ついに今まで楽しみに待っていてくれた家族や友人に発表。命名 未来。 ![]() # by kinokonikki | 2006-09-05 10:14
未来の黄疸の様子を見るのと、授乳の様子を確認するために三宅医院へ。ミルクもちゃんと飲んでいるし、黄疸も引いたみたいだった。よかった。未来が小型なので、他の赤ちゃんが皆巨大に見える。特に子供なんて、本当にこんなに小さい未来があんなに立派になるのかと不思議なくらい。
# by kinokonikki | 2006-09-05 10:13
めでたく退院。6日ぶりの外界、未来にとっては生まれて初めての外界である。快晴で、日差しは強い。初めて洋服を着た息子を抱き車に乗り込む。家ではばぁちゃんが待っていてくれた。あの家に自分の子供が入る日がくるとは。 本当に小さくて、頼り無く、時々、ちゃんと息をしているか確かめないと心配になるくらい。 ![]() # by kinokonikki | 2006-09-04 10:13
退院する予定だったけど、未来の黄疸がまだ引いてなかったので、未来はもう一日入院。授乳をしなければならないので私たちも引き続き入院。
# by kinokonikki | 2006-09-03 10:12
というわけで、「分娩台よさようなら」に書いてあった、「避けたいこと」を大体全部やった出産となったが、めでたく成功。ボーゼンとしている間に沢山いた助産婦や看護士がひとりひとり消え、いつの間にやらダイスケまでいなくなっていた。痛みの余韻が続いているが、すさまじい体験をした後の脱力感の方が大きい。 少しすると、助産婦さんが銀の皿に載せた胎盤を持ってやって来て、どこがどうきのこにつながっていたのか等を説明してくれた。大変興味深かった。でも、それより気になったのがその銀の皿に鎮座する巨大な赤いレバーみたいなものの横にさりげなく添えられたカード。「荒尾様胎盤。 食べる。」。おお、そうであった。わが夫にはまだ大切なサブイベント(どちらがサブか?)が待っていたのだ。胎盤を食す。 その後私は点滴をつけたまま車椅子に乗せられ小さな病室みたいな「快復室」なる部屋へ移動。体がぜんぜん動かない。そこで2時間「快復」を待つことになった。少しするとダイスケが口に何かをジョリジョリ噛みながら入ってきて「今家族に電話してきたよー」というとまたどこかへ出て行った。入れ違いに助産婦さんがやってきて私も胎盤を食べるのかどうか聞かれたけど、どちらかというと胎盤というよりはグレープフルーツジュースお願いします、という気分だったので断った。ダイスケが戻ってきたので、胎盤の感想を聞くと、2口食べたらしく、1口目は血っぽい味、で、2口目は洗ってから食べたので味はしなかったけど、不思議なレバーの様な感じ、だそうだ。よかったね。 その後、家から母、父、ばぁちゃんが駆けつけてくれた。少しすると、キノコを取り上げてくれた大田原さんが注射器型のスポイドを持って「初乳」摂取にやってきた。文字通り、搾り取られる。痛い。本当に女性の体ってすごい。さっきあの苦しみから解放されたばかりで、まだ余韻が残る中、今度は乳を搾られる。そして乳はちゃんと出る。脳で理解する前に体が先に色々な変化に反応していて着いていけない様な気がする。そしてその変化に対応してる体は100%助産婦と医者の手中にあって、まるで自分の体じゃないみたいだった。ちなみに初乳というものは想像していたような乳白色ではなく黄色くて濃い液体だった。 2時間後、入院服からパジャマに着替えて(キノコを取り上げてくれた大田原さんが着替えさせてくれて、骨盤を閉めるためのものすごい腹巻をしめた)歩いてトイレに行って、そのあと入院する部屋に移った。ちょうど初乳を与えているところだったのでその足で新生児室(ギリギリ「未熟児」とみなされる体重を超えていただけだったので検査のため少しの間プラスチックのケースみたいなのに入れられていた。)に行ってガラス越しに見た。かわいい!人間の本能ってすごい。外界にでて2時間足らずでもう口の中に入った液体を小さい口でゴクリと飲み込んでいる。 ![]() 小さいキノコを見て、これからこの人と一緒に生活していくのだなーと思うとムショウにわくわくして、ニヤニヤがとまらない。うれしい!の一言である。なんだか、まだ血のつながり、っていうか、愛着というか、体内に8ヶ月以上もいたにもかかわらず、「自分から出てきた人」という実感はわかない。どちらかというと、ワンタがカンボジアの我が家にやってきて、これから一緒に暮らすのだな、と思った時の「ワクワク」に似ている。いくら見ても自分にもダイスケにも似ていない気がしたからかも。 部屋に移って少しすると、キノコが部屋に連れられてきた。目をつぶって眠っている小さい息子。それにしても小さい。こんなに小さな人間を見たのは初めてかもしれない。思わず、「触ってもいいんですか?」と聞いてしまった。「そのために連れてきたんじゃないのー。どんどん抱っこしてくださいね。」と言われたが、よく考えれば変な質問である。自分の子供なのに。一通りそこにいた家族全員が抱っこして写真を取った後、まゆみさん(ダイスケが勝手につけた助産婦さんの名前)に、「では一度授乳してみましょう」、と言われ始めての授乳。こちらはまずは抱き方から教わったのに、キノコの方はもう勝手に乳を吸っている。これも本能。オムツの替え方も教わって、ダイスケ初のオムツ替え。 その夜は、3日間ろくに寝ていなかったにもかかわらず、興奮して眠れない。2時間置きに、起きて授乳するように言われてたけど、興奮して眠れない。ダイスケはカウチで爆睡。私とキノコは一緒にベッドに寝た。 # by kinokonikki | 2006-08-30 10:10
やっぱり一日中痛い!インターネットで調べると、前駆陣痛っていうものは始まって一回収まるらしいではないですか。おさまりません。一体、本陣痛というものが「どれくらい」痛いものか想像もつかない、というか想像したくない、ので、もうこれが本陣痛ではないの?というくらい痛い。でもどれくらい痛いかっていうのは人には説明できないものだし、私がいくら痛いといっても、医者が「まだ」っていうなら「まだ」なんだろうし。。。おしるしも、あってからその日に産まれる人もいれば、1週間後に産まれる人までいるらしいし、お知らせをしないおしるし。。。。とりとめのないことを考えつつ時間だけが過ぎて行く。。。 病院が遠いということもあって、また行って、昨日の今日で「まだです」と帰されるのもいやだったので、ギリギリまで我慢しようと思った。 時間がたつにつれ、痛みは増す。もう昨日の痛みなんて目じゃないくらい痛くなっていた。もう産まれるか痛くなくなるかどっちかにしてー。昨日の痛みなんて蚊に刺されたようなもの。ただ不思議なのは、痛いと言うたび、または痛くなれば痛くなるほど、周りの経産婦(ママさんズ+ばーちゃん)はなんだか満足そう。こんなに痛いのに誰も「心配」してくれない。今までには体験したことの無い反応である。 夕方から文枝母はそわそわ。夕食の後は、強制的に病院へ送り込もうという秘密の計画まで立てていた。(チナミに夕食はうな丼)食事後にイソイソと仕度をはじめ、私にもお風呂に入って用意するようにと勧める母を説得(?)して、もう少し痛くなるまで我慢することにした。母は少し不機嫌。 それからも陣痛がくるたびに間隔と痛い時間を記録。また5分おきになったような気がしたけど、いざ病院へ行くと思うと7分おきになったり。精神的なものでしょうね。で、深夜すぎ、今までになかったくらい(もちろん、そのときの時点で)痛くなったのでついに覚悟を決めて、病院へ行くことにした。隣の部屋で寝ていた母とばあちゃんに病院に行きたいと伝えると3分後には準備完了で玄関で待っていた。速い! お父さんを家に残して病院へ。検査だけしてまたすぐに家に帰ってくることになるのだろうと思ったけど「一応」入院セットを持って出た。道中も車内時計をじっと見て、陣痛の間隔を計る。夜中だったのでスイスイ車は進む。隣を窓を黒く張った車体の低い車に乗った若者が走っていたのを覚えている。 着きました遊園地のような外観の三宅医院。深夜12時すぎ。すぐに二階の見たことのない部屋に通され、ピンク色の入院服を着せられる。内診の結果「子宮口は約3センチ」で「明日の朝5時までには産まれるでしょう」とのこと!なんと!!!心の準備は全く無し。信じられない。部屋は間接照明、音楽 (有線)、大スクリーンテレビがあったり、陣痛の間に歩き回ったりできるようなスペースや、二人用カウチがおいてあったりした。そこが何のための部屋かもよく分からない間にも定期的に陣痛はやってくる。 またまた助産婦さんは満足げ。「うん、良い陣痛です」。良い陣痛? その時、隣の部屋からすさまじいうなり声というか雄たけびが。。。 なんと、その部屋は隣の部屋とアコーディオンカーテンで仕切られていて、隣の出産の声が筒抜け。自分の陣痛も相当痛いと思っていたけど、つい我に返って「いや、でもあそこまで痛くないか。。。」と、「私はあんなに痛くないくてすむかも」という甘い考えと、「これから今より痛くなるのか」という恐怖が頭を交差する。結局となりのお産の声はその後3時間くらい続いて、この世の終わりみたいな叫びが聞こえた後、「ハイ、オメデトウございます。午前1時45分(とかなんとか)」という声に続く赤ちゃんの泣き声で完了。これからわが身も感じるであろう痛みに対する恐怖と出産後の安堵への思いをはせつつ、まだ「そんなには」痛くないのであろう陣痛に耐える。いやーあの声が聞こえるっていう作りはちょっといただけないな。ちなみに私がその部屋で陣痛に耐えている間となりの部屋では2人誕生した。 とりあえず、お母さんとばあちゃんには一旦家に帰ってもらった。そこからがダイスケと私とキノコの長い道のり。 最初調子良く開いていっていた子宮口も途中で開きが遅くなり(やっぱ年?)、ひたすらやってくる陣痛は強いけど、間隔が5分より縮まらない。「予定」していた午前5時をとうに過ぎても破水する様子も全くなし。トイレに立ったり、ちょっと動いたら陣痛がくるけど、寝転んでいると間隔が長い。その上、ずっと手足がしびれていたけど、今度は顔までビリビリと電気が通っているような感じがしてきたので、お腹に貼り付けてある色々な器具が漏電しているのだと思って助産婦を呼んだら、過呼吸だと言われて、口をタオルで押さえて酸素の入りを少なくしなくてはいけなかった。痛いわ苦しいわ。 しばらくすると、8時ごろ朝ごはんがやってきた。こんなに苦しいのに、ふつうの様子でいかにも事務的に「朝食でーす」と朝食は運ばれる。いらないと言ったら、じゃあ、もったいないのでご主人どうぞー。と言って出ていった。同じ空間に居ながらにして私以外の人の間にはいつもとかわらない同じ日常がまだ存在しているということがなんとも不思議であった。 高層ビルの屋上から落ちて死ななかった場合腰ってこれくらい痛いかなーとか、せっかく買ったのにはじめの3ページくらいしか読まなかった呼吸法の本(ソフロロジー:出産の痛みを喜びに変えるらしい。。。)を読んどけばよかったとか、雑誌に載ってた痛みに対応する方法(「痛みと正面から向き合ったら、苦しくなくなった」と言っていた。なんだそれ?今考えると全然意味がわからない)とかを一生懸命思い出そうとしている横で、夫ダイスケはまるでいつものように朝食を食べる。なんかCGで背景だけ変えたみたいだった。 もう体力も限界だという気分。痛いのもあったけど、疲れた。とにかく早く終わってほしかったし、一旦中止して、家に帰って寝たかった。前駆陣痛もあわせて約3日くらいちゃんと寝ていないのだし。疲れすぎて体力が無くなってきたせいで、陣痛まで微弱なってきた。弱いし、感覚が長い。そこで一旦お腹に装着していた「陣痛探知機」と「キノコの心拍数チェック機」を取り外して、運動することを勧められる。助産婦さん(結局キノコを取り上げてくれることになった大田原さん。)に、「もう産まなければ終わらないのだから、痛いけど早く終わらせたほうがいい」と言われて、ようやく自分が後戻りできないところに来ているということに気づく。実際、その時は、「赤ちゃんに会えるのを楽しみにがんばる」という風には考えられなかった。もう自分のことで精一杯。まだ見ぬわが子に対する思いよりも疲労感と痛みからなるべく早く解放されたいという思いだけ。 ベッドから起き上がり、スクワット開始。スクワットは恐ろしいほど確実に陣痛を起こすということが発覚。3分おきに繰り返す。猛烈に痛くなるけど、我慢。早く終わってほしい。ダイスケも一緒にスクワットの姿勢で手を握っていてくれた。こ一時間もしたころ、陣痛もまた定期的に自然にやってくるようになったので、大田原さんに言ってまたベッドにもどった。 でもまだ、陣痛はあるけど子宮口も十分開いていないし、破水もしない。ということで大田原さんが非常手段としての選択肢、「陣痛促進剤投与」を提案。8ヶ月もの間、あれだけ「自然」「自然」と呪文のように言ってきたのに、あまりの疲労に「もうなんでも投与してスッパリ切って」ほしかった。 どうしようか、と相談している時に破水。(その時ダイスケは昼食中)生ぬるい水(これが8ヶ月間お腹の中でキノコを守っていたのか!)がどどっと出てきたかと思ったら、これまでの陣痛がカに刺されたくらいのものだったということが発覚。痛すぎて頭の中は真っ白。遠くの方で大田原さんの声が聞こえる。「お母さんしか赤ちゃんに酸素送れないのよ。しっかり呼吸して!」で、なんだか朦朧とする意識の中で、周りが急にばたばたし始めたのがわかった。さっきまで余裕だった大田原さんが、声の調子は変えずに、でもばたばたしている。陣痛と陣痛の間に助産婦さんが誰も居なくなって、心配になる。痛くて前が見えない。と思ったら、熱い何かがひたすら「出そう」になって(まさに強烈な便意!)、痛いしなんだかよく分からないしでややパニック。そのうち助産婦さんがいっぱいやってきた、と思ったら、突然「ちょっとお部屋移りましょうねー」と言われて担架に乗せられた。「乗ってください」と言われているのだと思って、痛いしもうどうしていいのか分からない、と思っていたら、2,3人で「ハイっ」という掛け声と共に持ち上げられた。その時、昔、赤十字で習った救急法を思い出した。それで、次に気がついたら、もうそれはまさに「手術室」で、テレビで見る様な分娩台に載せられて足はぐるぐる巻きに縛り付けられているし、スポットライトは当たってるし、周りはたぶんその日その医院にいた助産婦さん全員いるわ、医者(昨日「お産はまだまだですよー。また来週定期健診来てくださいねー」と言い放ったお医者さん)はなんか持って待ち構えているわで大変なことに。ダイスケはいつの間にか頭の左側に立ってた。その部屋に入って一回目の陣痛。ぎゃおー。で2回目が来る前に、誰かが「ちょっとちくっとしますよ。」と言った。本当に2回ちくっとした。バースプランに「避けたい」と書いた「切り込み」が入った。そして2回目。見たことの無かった助産婦のおばちゃんが思いっきり体重をかけてお腹の上に載っている。「ぎょっ!」っと思ったけど、それどころじゃない。右側に立っていた人(助産婦)に、ちゃんと呼吸しろといわれたり、左頭上に立っている人に頭を仰向けにせず、下を見るようにいわれたり、もう大忙し。2回目が終わるころ、誰か(たぶん医者)が「もう少し、次で出るよー」ってな感じのことを言ったのが聞こえた。3回目が来る前、ダイスケが「もう少し」と言った。「もうこれ以上無理。絶対後一回で陣痛終わらす!」と固く決意。陣痛が終わってもむりやり押し出そうと思った。で、3回目。「来たっ!」という感じで全員が動き出す。産まれてから今まで出したなかで一番力を出して、踏ん張ったら、ちょっとチクッと(陣痛のせいで、傷っぽい痛みはそれくらいしか感じなかった)したら、ダイスケが「シズカ、でてきたよ」。で、朦朧とする中下を見たら小さい頭らしきもの発見。いっきに押し出したかったけど、また右側に居た人が「一旦呼吸整えてからもう一回。はい、深呼吸!」と言ったので、深呼吸。で、「ふごおおおおーーーーーーーー!!!!!!」。ツルリ。出ました。出たのと同時にあの激しい痛みはどこかへ行ってしまった。でも放心状態。出てきたキノコはすぐさまいつの間にか立ち会っていた小児科医の元へ。右下のほうにあるプラスチックの入れ物のような所で何かしている。ぼーっとしていたら、か弱い泣き声が聞こえ、紫色になってまるまっている我がキノコが突然胸の上に乗せられた。「はい、だっこしてあげて。」おおーーキノコよ。でもなんだかそれどころじゃない。想像していた、感動の「初対面」「初家族でグループハグ」というよりは、「おおー疲れたーーこれは大変だったわ。ホント。」というのが感想。そんな自分勝手な私の左側で(オオっ、まだそこに!)立ちすくむ愛しのダイスケはなんだか涙目で「ありがとう」。こちらこそ「ありがとう」だ。痛くないのにずっと一緒に寝ずの時間を過ごしてくれた。 ![]() # by kinokonikki | 2006-08-29 18:01
朝トイレに行って「おしるし」発見!おしるし発見といってもおしるしがどんなものなのかも不確かだったのでよく分からなかったけど、とりあえずダイスケに報告。 1階に下りていくと、文枝母とばあちゃんが穏やかに朝食をとっている。そんな二人に「出血」のニュースを伝えた瞬間、その場は固まる。 今日は横浜からお母さんがお腹を見るために会いに来てくれる予定だったので色々予定を立てていたのに、急遽変更。家族総出で病院へ。陣痛の波を調べるために、「陣痛探知機」(?)のある部屋に通され、30分くらいモニターした結果、助産婦さんに、「きてないですねー」と言われた。イヤ、来てるってば! で、どっちみちその日が定期健診の予定だったので、「せっかくなので」ふつうの検診を受けるように言われた。 内診までして調べてもらったのに、「近いですけど、楽しみのお産は今日ではありませんねー」ということ。一同がっかり。こんなに痛いのに。しかも痛みはウワサどおり「定期的」なのに。。。その内に「痛い」と言うたびに「狼少女」呼ばわり。これは「前駆陣痛」というものであると習った。本陣痛が始まる前に陣痛の「様な」ものがくることがあるらしい。なんと。。。そんなこと予想外な上に、無い人もいるなんて。。。。私ってちょっとついてない? で、せっかく家族総出だったので、エコーで胎内の写真を皆で見た。 それはそれで楽しかったし、良い思いでになった。皆がエコーのモニターを見てる時、私だけ皆の顔を見てた。皆うれしそう。 その晩、やっぱり痛みは引かず、正真正銘「定期的」になった。痛くなるたびにダイスケに報告。ダイスケが時間と痛い期間を記録。夜中に「ものすごく」痛くなって、さらに間隔は5分おき。医者から「間隔が5分おきになったら来てください」と言われていたので、緊張が走る。で、ダイスケが三宅医院にデンワした。が、その後すぐ、緊張のせいか、なんだか「べつに痛くない」ような気がして来た。ごめんなさいねー皆さん、夜中にお騒がせしまして。 # by kinokonikki | 2006-08-28 14:09
夜、なんとなくお腹が痛い気がした。生理通のような感じだけど、心なしか「定期的」。お産情報読みすぎかも? # by kinokonikki | 2006-08-27 14:09
那須家の皆さんが「お腹の大きいシズカを見るツアー」で遊びに来てくれた。本当は今日からばあちゃんの80歳を祝うためにサプライズパーティーをする為に滋賀にいく予定だったけど、急遽予定変更。 # by kinokonikki | 2006-08-26 14:07
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